耳・鼻・のど顔面まひ

耳・鼻・のど顔面まひ

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3.進まぬ回復、焦りと不安

ラムゼイ・ハント症候群と診断された横浜市の本間京子さん(62) ラムゼイ・ハント症候群と診断された横浜市の本間京子さん(62)

顔面まひを起こしてラムゼイ・ハント症候群と診断された横浜市の本間京子さん(62)は2008年9月、市内の西横浜国際総合病院で入院治療を受け、月末に退院した。

自宅でほっとしたのもつかの間、不安が襲ってきた。顔の左半分はまひしたまま。左目を閉じられない。めまいも続いていた。

「焦らず、ゆっくり治していきましょう」 退院の際、稲葉鋭・耳鼻咽喉(いんこう)科部長(51)=当時=から、半年はかかる、と言われた。半年なんて、気が遠くなるようだった。

口の左半分が動かないので、食物を口に入れても、ぼろぼろこぼれてしまう。

ザザー、グワー、キーン。いつから始まったのか。耳鳴りは、隣にいる人にも聞こえるのではないかと思うほどだった。特に朝起きた時が大きく、寝るのが怖くなった。

めまいがして、髪をとかせない。まひもあるし、きっとひどい顔をしているのだろう。でも、その時は、耳鳴りの方がつらかった。

これが一生続くなら、死んだほうがましだと感じた。

週2回、夫の実さん(66)が運転する車でリハビリに通ったが、効果はあまり感じられなかった。それどころか、悪くなっているのではないか。帰り道、パニックになって、車から飛び出そうとすることもあった。

「ゆっくり治そうと言われただろう」。そのたびに実さんはドアを抑え、京子さんの体を抱え、稲葉医師の言葉を繰り返した。

12月になると、京子さんは毎年、クリスマスの飾り付けを楽しみにしていた。大きなツリーや色とりどりの照明。だが、その年はとてもそんな気分になれなかった。

稲葉さんは心の専門家に相談した方がいいと考えた。12月中旬、娘の祐子さん(37)も一緒に大学病院の精神科を訪ねた。
カウンセリングを受け、軽い抗うつ剤をもらった。

気持ちが少し落ち着いたように思えた。ところが、大みそか、京子さんは鏡を見て叫び声を上げた。目を動かそうとすると口が動く。口を動かそうとすると、目が動いた。

共同運動。ラムゼイ・ハント症候群の後遺症の一つで、神経の炎症が回復する際、別の回路とつながってしまうことがある、と聞かされていた。後遺症だけは絶対に起こしちゃいけないと思っていた。そのためにリハビリも頑張ってきた。

「もう、だめだ」。

京子さんは辺りにあるものを手当たりしだい、壊した。

(2010年4月29日付 朝日新聞朝刊から)

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