1.最初はめまい、音に敏感に
- 横浜市に住む本間京子(ほんまきょうこ)さん(62)
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最初は、めまいだった。
2008年8月下旬。横浜市に住む本間京子(ほんまきょうこ)さん(62)は、いつもと違うめまいに不安を感じた。
ぐるぐる回る、というより、流れるような感覚。障子の桟(さん)がぐにゃりと曲がり、壁も床もでこぼこに見えた。2カ月前、夫の実(みのる)さん(66)が車関係の会社の社長を引退した。
残務整理をしつつ、退職祝いに娘の祐子(ゆうこ)さん(37)と3人で海外旅行を計画し、出発を心待ちにしていた。
「旅先で具合が悪くなったら困るから」
かかりつけの内科と耳鼻咽喉(いんこう)科のクリニックを受診したが、特に問題はないという。
少し休めば良くなるだろう。家で横になった。だが数日たっても治まらない。
立っているのも座っているのも、寝ているのさえ、つらい。
たまらず、夜半、救急車を呼んだ。病院でコンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴断層撮影(MRI)の検査をしたが、「脳に異常はありません」と言われた。
原因がわからないまま、自宅で療養を続けた。
家事ができず、ただ寝ているだけ。異様に音に敏感になり、テレビの音も、台所で実さんが洗い物をする音も、頭の中で割れるように響いた。旅行はキャンセルした。
9月に入って、2階の寝室で寝ていた京子さんは、顔に違和感を持った。
重くて、だるい。はうようにして階下の洗面所まで下りていき、鏡を見た。
顔の左半分から表情が消えていた。目も口も、こわばっていた。
「私の顔、変じゃない?」。あわてて祐子さんに聞いた。
再び救急車で病院へ。いったい何が起きたのか。顔の左側を両手で必死に押さえた。その時、同行した祐子さんが、京子さんの左耳の辺りに赤い発疹を見つけた。
「お母さん、何か出ている」
救急の医師も気づき、「これは、入院する必要があるかもしれません」と言った。
いったん家に戻って、翌朝、通院していた耳鼻咽喉科に行った。院長の意見も同じだった。「すぐに大きな病院へ行ってください」市内の西横浜国際総合病院を紹介され、実さんが運転する車で向かった。
顔面のまひ、めまいと発疹。
稲葉鋭(いなばはやし)・耳鼻咽喉科部長(51)=当時=は、帯状疱疹(ほうしん)ヘルペスウイルスが引き起こす「ラムゼイ・ハント症候群」と診断した。
京子さんも、実さんも、聞いたことのない病名だった。
(五十嵐道子)
(2010年4月27日付 朝日新聞朝刊から)
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