4.夫の気遣い受け笑顔戻る
- 横浜市の本間京子さん(62)
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横浜市の本間京子さん(62)は、西横浜国際総合病院に通い、ラムゼイ・ハント症候群の治療とリハビリを続けたが、なかなか症状が良くならなかった。
2008年暮れ、自宅で目と口が一緒に動く「共同運動」が出た。
パニックになった京子さんを、夫の実さん(66)は何とか落ち着かせ、床に就かせた。先が見えないまま年が明けた。
京子さんは自分がだめになっていくと感じながら、たびたび実さんに当たった。実さんも、妻を受け止めなければとわかっていても、厳しく言ってしまうことがあった。
病気は恐ろしい。実さんは思った。明るくて、笑い声が絶えなかった家の中が、こんなにめちゃくちゃになってしまうなんて。
月1回、大学病院でカウンセリングを受けた。主治医の稲葉鋭・耳鼻咽喉(いんこう)科部長(51)=当時=も診察のたび、京子さんの話に耳を傾け、声をかけた。
「前を向いて、ちゃんと座って。髪で隠さず、顔を上げよう」
京子さんは、実さんが夜、時々、台所で一人、じっと考え事をしているのを知った。
2人は1970年に結婚した。実さんが独立して、自分の会社を持ってからは、実さんが現場を仕切り、京子さんが事務をして支えた。
娘の祐子さん(37)が生まれ、念願のマイホームを持った。充実した毎日だった。
このままじゃいけない。何かしよう、何かしたい。そんな気持ちが芽生えていった。
春のある日、実さんは京子さんをオセロゲームに誘った。祐子さんが小さいころ、家族でよく遊んだ。楽しいことに集中できれば、その間だけでも、病気を忘れられるのでは、との思いからだった。
黒が実さん、白が京子さん。
「あら、負けちゃった」
京子さんが声をたてて笑った。病気になって初めてだった。
「あ、いま、動いたよ」
京子さんの唇の左側が、ほんの少し動いたのを、実さんは見逃さなかった。
「ほんとう?」
何度も鏡を見た。自分ではよくわからなかったが、うれしかった。それからは、食べる時も、そばに鏡を置いて、顔を見ながら食べた。いまは目を動かしている、いまは口、と意識して、集中するようにした。
本当にわずかずつだったが、京子さんも、見守る実さんも、回復を感じ始めていた。
(2010年4月30日付 朝日新聞朝刊から)
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